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おむつカバー布おしめ、パンティ、ロンパース、オーダーメイド自社製品
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歴史館

古い道、かつて賑わった農村集落、遠い昔の面影、崩れかけて自然に返りつつある場所など。
あなたが見て感じた歴史の写真を投稿してください。


おなまえ  さん
メッセージ

写真/画像:


★注意点・ルール★
1.他の方が不快になる言葉遣いは禁止です。
2.URLの貼り付け、法律に触れる可能性のある画像の投稿は禁止です。
3.画像は、JPEG形式で容量は3MB以下までアップロード可能です。
(1回3枚まで同時アップロード可)
ページ 
1
  
おむまつ さん   
こんにちは。 久しぶりに、書評を読んでから新刊を買いました。 (ツレが「ひと」ではなかった 異類婚姻譚案内  川森博司著  淡交社 )  日本昔ばなしを集めた解説本ですね。民俗学者の柳田国男の、遠野物語を彷彿させます。  鶴の恩返し、狐の嫁入り、雪女、鬼婆、ふた口女、など全国から70あまりの物語りが載ってます。
2024-02-24 17:25   (No.000000073)  
おむまつ さん   
おはようございます。 東京中野駅から、ア―ケ―ドの商店街が真っ直ぐに通り、ヲタクの聖地、第二のアキバと言われ、テレビでも紹介される、中野ブロードウェイがあります。自分は、20年以上通ってますが、コロナ禍後、久しぶりに行って来ました。
ブランクが2年間くらい有りましたが、基本ベースは変わっていませんでしたが、アイドルグッズ屋、アダルトショップ、中古DVD屋、いわゆるヲタク屋、などの店舗が無くなってましたね。建物入口の、
不二家のペコちゃん、銀河鉄道のメ―テルは、いつも変わらず、出迎えてくれました。
2024-02-24 10:02   (No.000000072)  
紫の上 さん   
ヘンリー塚本という映画監督がいます。監督した映画は50万本を超えるとのことで尊敬に値します。
昭和は昭和。典型的な戦前、戦後の建物、室内でストーリーも出色の出来。
犯したり犯されたり、不義の関係だったりでストーリーは万別。
今日の映画のストーリーはすべてここにあるようなものです。

当時は女性はスリップを着ていましたから、スリップ姿での○交はとても興奮しますよ。
今日のように最初から裸では、男性は興奮しません。
2024-02-17 21:14   (No.000000071)  
紫の上 さん   
昔の写真です。
50年以上前の写真ですから著作権うんぬんは消滅していると思われます。るりにあったのを複写撮影しました。
生理帯を刺激の材料にした写真のようで、生理帯のゴム帯の部分を実際とは逆に裏返して撮っているのがおもしろいと思います。
やっぱりエロ写真というものは殿方の性を刺激すべく演出するのですね。
2024-02-02 13:56   (No.000000069)  
おむネコ さん   
昭和50年代後半になると紙オムツの使用が多くなり布おむつの使用は段々と少なくなって来ました
昭和の時代が終わり平成になる頃には股おむつカバーも使用のピークを過ぎていましたが、まだまだ
ニシキやナカタとかのおむつカバーメーカーからも細々と販売されてました。
この頃 異色?のおむつカバーメーカー ベビーネンネから販売されてた成型オムツ(スペアー)と
専用の蒸れ防止用オムツネット&おむつカバーを使う商品が発売されてました。でもセットで揃えると数万円もするおむつセットでしたので、余り普及しなかった様です。 同様のおむつカバーが介護用として大人用でも販売された様ですが価格設定が高くて売れなかった様です。この後でベビーネンネは会社が倒産してしまいました。
【あとがき】
これで、戦後からのおしめカバーの説明はおしまいですが、紹介出来てない部分がまだまだあるので
機会があればご紹介したいと思っています 
あのアメリカ製のパン〇ースーとかが、引き金となって、今や絶滅危惧種?となった布おむつと
それに付随するおむつカバー達 今やエスビージーズとかが叫ばれていますが、布おむつも、今より
もう少しは復活してくれなかと思っています。 
2024-01-31 13:32   (No.000000068)  
おむネコ さん   
同じく昭和50年代全般から後半にかけては様々なおむつカバーが各メーカーから販売されてました。

股おむつカバーの進化系?で今でも一部のメーカーから販売されているサイドマジック式のおむつカバーが独特の形で?前羽根が横に大きく伸びて腰ベルトみたいに巻き付ける方式のおむつカバーです。
ピンク色のかんぴちゃんがサイドマジック式で青いフチゴムのは股おむつカバーです。腰ベルトの形状が違いますねd(=^・^=)

2024-01-29 13:36   (No.000000067)  
おむネコ さん   
昭和50年代の後半頃になると、現在も販売されている股おむつカバーでマジックテープ式が発売されますが、当初はおむつカバーの前当ての上に外羽根を留める方式のモノもありました。
こちらも股部分からの漏れが心配だったのかリング式ホックが付いてるのがあります。
でも、おむつ替え時におむつカバーを留めやすい反面 腰回りの安定感が無くて、余り普及しませんでした。
おむネコも大人用で一部愛用してますが、歩くとずり落ちやすくて好きな形態ではありませんでした。
(●私事で恐縮ですがマジックテープ式のは、おむつカバーと勝手に分類して呼んでます。)
2024-01-28 10:57   (No.000000066)  
おむネコ さん   
そして昭和50年初め頃にはスナップボタン式おしめカバーの金属ホックにも変化が出て来ました。

●(余談ですが、この頃おむネコは社会人として就職していて、休日になると干してあるおしめやおしめカバーを求めて、観察するのを楽しみにしてました)

天塗りホックと呼ばれる白い塗りの金属ボタンから、丸いリング式へとボタンが変化したのです。
一説によると天塗りホックは製造メーカーが廃業して作るのをやめて、付けやすいリング式へと
変わって行った様です。 この頃は在庫の天塗りホックを使ったおしめカバーや新しくなった
リング式とかのおしめカバーが混在してた時代だと思います。
勿論 前出のケミスポンジタイプにも天塗りホックとリング式が混在しています。
また、ビニールのおしめカバーにも同様のモノが売られていた時代でした。 

やはり実際に使い込まれたおしめカバーには味がありますね! 自称ヘンタイネコf(=^・^=)
2024-01-27 10:30   (No.000000065)  
おむネコ さん   
こんにちは 紫の上さん
コメントありがとうございます。おっしゃる通り生理帯とおしめカバーは同じメーカー(ビクトリヤ)
とかで製造販売されてましたねd(^^)昭和の初め頃ですが・・・
実際に使用されてたのは汚れが目立ちますが、生活感とか使用感があって良いですね~d(=^・^=;)

さて、本題のおしめカバーの歴史ですが、 次に登場したのはケミカルスポンジを本体に使用した通称
ケミスポン(商品名)です。
軽くて表皮に可愛い柄が印刷出来て、今までの様に二重縫いとか三重縫いの必要が無い?防水性に優れた素材のおしめカバーでした。外観からは如何にも科学してる?おしめカバーですが耐久性が弱くて陰干しで使ってもスポンジ部が硬くなって劣化が出てきます。二重股の部分にひび割れが出てるのもありますね! 今回は紫の上さんの画像に刺激されて、実際に赤ちゃんに使用(酷使?)されて股グリのギャザー部が変色したのも撮影して見ました。
2024-01-27 10:07   (No.000000064)  
紫の上 さん   
おむネコさん、豊富な写真と解説ありがとうございます。
知るにつけ生理帯の歴史によく似ていますね。
時代的に同じ材質や知恵が共通しているようですね。

写真はメッシュが流行ったころの生理帯です。
2024-01-26 21:26   (No.000000063)  
おむネコ さん   
ホック式(スナップボタン式)おしめカバー全盛期?の昭和30年代~40年代は色々な表皮やデザインのモノが出回ってました。ポリエステルや化繊? 汚れが付きにくく、早く乾いて洗濯が楽なものが多くなった気がします。また寒い時用に表皮がキルト生地で作られた物も登場して来ましたね!

一番の変化は裏面ビニールとかの防水生地表面に細かいメッシュ生地が貼り付けられた事です。
これで、少しはお尻の蒸れ緩和してオムツカブレを防止するのが、目的だったのでしょうか? この時期から裏面ビニールのおしめカバーにはメッシュ張りが普通になりました。
2024-01-26 10:43   (No.000000062)  
おむネコ さん   
それから暫くして、この後の時期になると、関東方面?(主に東京)で独自の進化を遂げたおしめカバーがあります。(勝手に関東式おしめカバーと読んでます) 私の住む関西方面では見かけ無かった方式のおしめカバーですね!
外羽根を前当てに付けられたマジックテープに留める外羽根式おしめカバーです。でも股からの漏れが心配だったのかこの頃のは股の部分に金属ホックが付けられています。
さらにはおしめカバーの二重股がさらに広くなって、まるで、海に住むセミエビ?みたいな全体の形状になってるのもありました、d(=^・^=) でもこうして見ると、色々なおしめカバーがあって、『たかがオシメカバー・・・されど、おしめカバー』と探求心(妄想とも言う)が湧いて来ますね!
2024-01-25 18:52   (No.000000061)  
おむネコ さん   
昭和30年~40年代頃は様々な改良を加えられて当時のおしめカバーの定番となったカタチに進化して来ました。画像は当時の大手メーカー ニシキの製品が中心です。
洗濯時に水が内部に残らない様に内羽根の裏側には水抜き穴が開けられていますね! また一部には二重股の代わりに防水ビニールが別に貼り付けられた珍品?おしめカバーもあります。

この頃のニシキは日本で一番?のおしめカバーメーカーでしたが、色々な改良もしていた様です。
手元にはありませんが、プラ(ジュラコンスナップ)のホック式おしめカバーは塩害による金属ホックの腐食を防止する為の対応だったと聞いてますが、現在はプラのホックも大人用おむつカバーとして一部で使われてる様ですが、私の主観では装飾&量産性?が高いと思ってます。

この頃は可愛い動物柄表皮で裏面ビニールのおしめカバーが沢山販売されてましたね~ d(=^・^=)
私の記憶に残る一番好きな おしめカバーの時代です。 『当時のニシキ最高です!』
2024-01-25 14:54   (No.000000060)  
おむネコ さん   
紫の上さん コメントありがとうございます。現在も細々と収集をしております。

さて今回はビニールが発明されて登場したビニルおしめカバーです。おしめカバーの歴史の中でもベビーブーム時代のモノが多くておしめカバー黄金期と言えるでしょうかね?

ビニールのおしめカバー最初の頃は腰に回すおしめカバーの内羽根が無いタイプがありましたが、途中から内羽根のあるタイプが登場して来ました。 でも初期の頃のは股部分からの漏れを防ぐギャザー部は無くて厚いフチゴムとかで漏れを防止してましたが、ウンチがゆるいと漏れやすかった様です。

その後に漏れを防ぐために登場したのが二重股になってギャザー部が追加されたおしめカバーです。

2024-01-25 14:22   (No.000000059)  
紫の上 さん   
おむネコさん、たくさんの記事と写真ありがとう。
これだけのおしめカバー歴史的な物をよく収集されましたね。すごい!

先日、真岡鉄道へ蒸気機関車を撮りに行った時の続きの写真です。
真岡鉄道には、D51と9600などの蒸気機関車が下半身油漬けで磨き上げられ、今にも走りだせそう。しかし真岡鉄道(旧国鉄真岡線)は線路の規格が低いため、大型の蒸気機関車は走れません。
関東の私鉄としては秩父鉄道とともに古くから蒸気機関車を走らせてきた名門ですが、東武鉄道が下今市駅と鬼怒川公園駅間で蒸気機関車を走らせようと企画した時、運転手養成を引き受けたりして全面的な支援を惜しみませんでした。最後はC11蒸気機関車を東武に売却してしまいました。
現在真岡鉄道に残るのはC12のみ。東京周辺からのお客もほとんど東武鉄道に奪われてしまいました。

それでもほぼ一年中、土日には真岡鉄道に蒸気機関車が客車を牽いて走っているというのはとてもありがたいものです。
2024-01-21 16:07   (No.000000058)  
おむネコ さん   
今まで紹介して来たゴム引きのオシメカバーですが、60年以上を経た現在でも
使用出来そうな物が多いですね!この当時は内羽根が無くて背当ての部分には
布おしめがズレない様にオシメに結ぶヒモが付いてました。

今まで取集して来たゴム引きのオシメカバーですが、洋品店の不良在庫?として
残っていたのは特大サイズ(24~36か月)の物が大半です。
多分この特大サイズを使う前におしめが外れていたのでしょうね? 

最後に驚かされるのが、オシメカバーの色合いですね! 青や赤の原色で
男の子は青 女の子は赤?だったのでしょうか・・・
勿論 柄物もありますが、フラフープしてるペンギンとかで時代が判る気が
しますねd(=^・^=)

● 次回はビニールが発明されて登場したビニルおしめカバーの予定です。
誰も期待してないでしょうけど・・・
2024-01-18 15:01   (No.000000057)  
おむネコ さん   
紫の上 さん ありがとうございますm(__)m
画像や文章が重複してて本当に拙い内容ですが何故か幼い頃より好きだったオシメカバーに魅かれて
コレクター(自称ですが)として興味を持って収集して来ましたので、ここで紹介を
させてもらってます。(興味の無い方には迷惑かも知れませんがその時はスルーして下さいね~)
●続編ですが、ゴム引きのオシメカバーは内羽根の無い形状の物が大半で、初期は漏れないのが
前提で通気性とか赤ちゃんのおしめの快適性とかには程遠い物でした。
でも二重股になっていないのが大半でフチゴムの柔らかさ(弾力性)で股の部分からの漏れを防いで
ましたが、オシッコの量が多くなり活発に動く様になる1~2才児では漏れてしまうので、この後
からは二重股になって来ました。
またヒンヤリして、お尻に張り付くゴムは途中から毛ゴムと呼ばれる 暖かい 肌触りの良い物へと
代わって来ました。
またこの当時はオシメカバーの前当てと横当てのスナップボタンのオスとメスの関係がメーカーに
よっては逆になっていて、当時を想像(妄想?)して興味深く探求?しております。
2024-01-15 15:45   (No.000000056)  
紫の上 さん   
オムネコさんへ。
おしめカバーの歴史、すばらしいですね。
生理帯の歴史を取り扱っているホームページがありますが、一回こっきりの投稿では惜しいと思います。まとめて記事にする場が必要ですね。

るるさんへ。
こういったオムネコさんのような学術的、歴史的な価値のある考察は、一回こっきりの投稿ではなく半永久的な記事になるようなページが必要ですね。


元気をもらいに真岡鉄道の蒸気機関車に会いに行ってきました。
2024-01-15 03:06   (No.000000055)  
おむネコ さん   
終戦後の昭和20年代始め頃になるとベビーブームが到来して、育児用品が販売されて、それまでは
生活に余裕の無かった庶民にも布おしめ専用の布地や、漏れにくいオシメカバーを買う事が出来る様に
なりました。 まだビニールが発明されて無かったこの時代には裏面がオシッコが漏れない様にと
防水ゴム引きのオシメカバーが主流でした。

また、この頃からホックボタン式(オープンタイプ)のオシメカバーが登場して来ました。
2024-01-14 23:13   (No.000000054)  
おむネコ さん   
終戦後の昭和20年代始め頃になるとベビーブームが到来して、育児用品が販売されて、それまでは
生活に余裕の無かった庶民にも布おしめ専用の布地や、漏れにくいオシメカバーを買う事が出来る様に
なりました。 まだビニールが発明されて無かったこの時代には裏面がオシッコが漏れない様にと
防水ゴム引きのオシメカバーが主流でした。

また、この頃からホックボタン式(オープンタイプ)のオシメカバーが登場して来ました。
2024-01-14 23:01   (No.000000053)  
おむネコ さん   
すみません 画像が抜け落ちてますが、JPGファイルで無いと画像貼れない用ですねf(=^・^:=)
昔のおしめカバーに関する資料の別な画像を貼って置きます。
● イージおしめの入っていた缶 多分戦前でしょうね? 中身は溶けて固まってました。
● お志めカバーの看板? 戦前でしょうか? 
2024-01-14 13:32   (No.000000052)  
おむネコ さん   
●黄色い腰巻きタイプは巻きおしめカバーです。このタイプは赤ちゃんが股関節脱臼になりやすい
との事で股おむつカバーに取って代わられました。
2024-01-14 13:12   (No.000000051)  
おむネコ さん   
歴史館との事でおしめカバーの歴史画像を貼って見ました。
●黄色い腰巻きタイプは巻きおしめカバーです。このタイプは赤ちゃんが股関節脱臼になりやすい
との事で股おむつカバーに取って代わられました。
● 同じ腰巻タイプでも戦前からあったと思われる生ゴムおしめカバーです。この頃は輸入品?も
あって英国ダンロップ製生ゴムおしめカバーを日本国内でライセンス生産していたのでしょうか?
●おしめカバーのホックボタンになる前はワイシャツのボタンみたいに留めるタイプがあった様です。
この辺がオムネコが持ってる歴代おしめカバーでは古い部類になります。
2024-01-14 13:10   (No.000000050)  
紫の上 さん   
カナメモチ または ゴンズイ という木の実でした。お騒がせしました。
2024-01-12 20:19   (No.000000049)  
紫の上 さん   
この実は何の実でしょうか。
これを知るためにこのページをお借りしました。
写真を拡大して右上に出たマークをクリックすると、ネット上の同じ植物がたくさん出てきます。ここから名称を知ることができます。
2024-01-12 16:16   (No.000000048)  
ViVi さん   
謹賀新年です。
元旦から能登地震、航空機事故と不穏な気配ですね。ここは歴史館ですけど、昨年から新たな歴史を開始した、宇都宮のLRTを元日に撮影したので投稿させていただきます。撮影してから2時間後に能登地震が宇都宮にも及んでました。
2024-01-04 10:15   (No.000000047)  
紫の上 さん   
新年2024年の間違いでした。

羽田の事故は燃え盛る日航機の機体から479名全員が脱出できたことを世界のマスコミが称賛しいるとのことです。
空港封鎖で着陸先を失った飛行機は周辺の飛行場への着陸を模索したようです。ふだんは閑古鳥の泣いている茨城空港へ着陸した飛行機もあったようで、臨時バスを手配し降りた客を近隣のJR駅まで運んだ関東鉄道も褒められています。
2024-01-03 22:31   (No.000000046)  
紫の上 さん   
謹賀新年 2023

るりでは万引き事件あり。元旦には能登半島で大地震あり。
なかなか大変な年明けとなりました。
本年もよろしくお願いいたします。
2024-01-01 23:23   (No.000000045)  
なべ さん   
てすと。
2023-12-31 15:25   (No.000000044)  
紫の上 さん   
長野県中野市で見つけた廃墟の家。
リンゴ栽培が盛んで、この辺から長野市にかけて果樹栽培が盛んで農家は収益をあげているようです。中野市では今年議長の息子が近所の人と警官4名を殺す試験で報道されました。
2023-12-28 14:05   (No.000000043)  
紫の上 さん   
続きです。
石毛城(豊田城)から東方面を見ると。
下に降りて関東地方唯一の山、筑波山のふもとを関東鉄道が走ります。
3枚目は、筑波山とはこんな形の山。
2023-12-24 14:00   (No.000000042)  
紫の上 さん   
るりに行くのと同じくらいの時間で北へ、利根川、鬼怒川を渡れば水海道(みつかいどう)や石毛(いしげ)に行くことができます。今は合併して常総市ですが、こちらは数年前利根川の洪水で有名になりました。
旧石下町をといも良く整備された国道を走っているとお城が目立ちます。近くの国道沿いには、小さなお城もいくつかあります。
40年も前から気になってはいたのですが、旧石下町の町長さんの趣味と誰かが言っていたような。
ついに意を決して行ってきました。今は文化会館、市民センターのような使われ方をしていて、この町の出身である長塚節の銅像とともに、この町の歴史を語ってくれています。
昔は批判されたでしょうが、平成の合併で各地域の特色が失われた今日、かえって地域の歴史をかたってくれています。
天守展望台からの眺めは次回。
2023-12-23 14:59   (No.000000041)  
紫の上 さん   
茨城県で風合いのある廃墟を見つけました。こんなのなら中を直して住んでみたいな。
2023-12-20 12:32   (No.000000040)  
おむまつ さん   
おはようございます。今朝、近所の神社で、落葉のイチョウが山積みに。同じ境内に、寒椿が満開になってました。やっとで冬らしくなりました。もうすぐ、12月もおわるんだけどね。
2023-12-20 10:27   (No.000000039)  
おむまつ さん   
こんばんは。 休みの日、時間があれば、チャリで浅草、上野、アキバ、神田などを徘徊しております。
退院してからの、体力回復も兼ねてのチャリ徘徊です。 今日は、秋を見つけました。都内の繁華街にあった紅葉が、真っ赤っか!通行人の何人かも、写真に収めてました。
2023-12-17 21:44   (No.000000038)  
おむネコ さん   
今年も残すところ2週間ちょっととなりました。 この時期になると年末の予定が気になります!
それはオムネコこだわりの杵つき餅です。d(=^・^=)

毎年 年末の30日早朝に餅つきのイベントをしてますが、今年もやります!
つきたての杵つき餅は美味しくて、一度食べたらやめられませんね~
でも手間と時間もかかりますが、美味しいモノを食べるのは手間暇かけて・・
2023-12-13 19:00   (No.000000037)  
紫の上 さん   
先日の高遠のお花畑の続きです。高遠城は現在城址公園になっていて、桜の名所として有名です。園内に流された絵島が幽閉された牢(家)が再現されていますが、新し過ぎて新築の建売住宅みたいで風情がありません。
こういうものを古びさせる会社がちゃんと存在していて見学したことがありますが、映画のセットやディズニーランドなどが得意先とのことです。
最後の一枚は、帰りの道中で見つけました。ごろにゃんさんへのお歳暮かも。
2023-12-12 14:24   (No.000000036)  
紫の上 さん   
信州の南、伊那と諏訪を結ぶ街道沿いですばらしい野趣にあふれた花園を見つけました。バラ園のようですが、単にバラ園だけでなく様々な花々にあふれた名園です。前の農家の若い家族が作っているらしく、作り過ぎていないのがなんとも好ましい限りです。
高遠は江戸時代の江戸の町衆も巻き込んだ『絵島生島事件』の絵島が晩年預けられ幽閉された地でもあり、家光の異母弟保科正之が城主を務めた地でもあります。保科正之はこの後会津に転封され、後の会津若松の繁栄を築いたことを想えば、この投稿はやはり歴史館かな。
2023-12-11 13:54   (No.000000035)  
るる さん   
近所のお宅の庭です。
銀杏の木の葉っぱが落ちて金世界になってました。
5日前くらいの光景です。
今は銀杏の木も枯れてる感じになってます。
美しい光景をありがとう。
2023-12-11 13:50   (No.000000034)  
紫の上 さん   
苺一恵さん、写真を投稿されるようにになられて心から応援しています。最近は遠くまで遠征されていられるようですね。
私も健康のため2日に一日は遠くまで出かけています。

最近は学生時代を過ごした東京の西部に一日おきに出かけては写真に収めています。
渋谷と吉祥寺を結ぶ京王電鉄井の頭線は沿線に下宿、アパート住まいをしていたこともあって、とりわけ懐かしさを感じる地域です。
昔走っていた車両は先進的なステンレス車両、編成ごとにカラーの違う先頭部。半世紀たっても今なお人気車両で、弘南電鉄など地方線区でほとんどが現存し走行しています。
2023-12-06 00:55   (No.000000033)  
紫の上 さん   
ホームページがだいぶ復活してきました。投稿を復活します。

井の頭公園に行ってきました。この周辺に住んでいる人は幸せですね。犬を飼っている人がとても多く、散歩させている人同士が会話しています。香さんもここで散歩させてみたいですね。
2023-12-04 12:24   (No.000000032)  
おむまつ さん   
こんにちは。 我が家の、台所兼食卓の、真向いの小広場です(笑)。近所に、円谷プロダクション公式グッズ屋さんが有ります。男の子は、いちどは通るウルトラマンや怪獣。今なら大人買いを(笑)。まさに、昭和レトロ、昭和ノスタルジーですね。今日から、こちらに鎮座しますわ。あとは・・・ペギラ、ガラモン、レッドキング、バルタン星人、メトロン星人・・・かなあ。
2023-12-02 15:33   (No.000000031)  
苺一恵 さん   
今晩は、おむまつさんに続きます
古いアルバムを『るり』に持って来ました
今から90年前になります
2023-11-29 18:55   (No.000000030)  
おむまつ さん   
おはようございます。  昔の写真シリーズ。
昭和35年 1960年の私です。自宅前で、親戚の叔母さんに、抱かれている私ですね。今では、みる面影も無く、完全なオジサンに(笑)。  ちなみに、後ろにピンぼけで写っているのは、当時、父親が乗っていた、富士重工ラビットスク―タ―125ccです。最後は、路駐していたところ、出火して廃車に(泣)。
2023-11-29 09:42   (No.000000029)  
苺一恵 さん   
【写真1枚目】日本三大イルミネーションの一つ
足利フラワーパークに行きました。
先日、載せた写真も同じ場所になります。

【写真2枚目と3枚目】
皇帝ダリアとクリスマスホーリーで
自宅の庭の様子です。
2023-11-27 19:08   (No.000000028)  
おむまつ さん   
こんばんは。 10日間の入院生活から、普段の生活に戻りつつあります。何とか生き長らえた実感を、噛みしめております。  東京スカイツリーでは、噴水広場に、クリスマスイルミネーションを点灯始めました。コロナ自粛の反動からか、今年のはハデハデですねえ。   《ごろにゃんさん》へたれガンダム、笑えますなあ~(笑)。
2023-11-27 19:04   (No.000000027)  
ごろにゃん さん   
おむまつさん、
退院おめでとうございます。
以前も投稿しましたが
【 へたれガンダム 】でも見て
入院疲れを癒してください(笑)
2023-11-25 22:01   (No.000000026)  
おむネコ さん   
ごろにゃんさん こんばんは~
拝見した画像は本当に10年位前まで誰かが生活してた感がアリアリですが、ちょっと怖いですね!
私も一度 廃屋に行った事がありましたが、仏壇が放置されてて、怖くてすぐに退散して来ました。

お話変わって、登山道の石仏様 拝んで来たのなら大丈夫ですよ!d(=^・^=)

画像の鈴鹿山系の山寺ですが、かなりの勾配と距離の参道を登ると石段があって
その先には本堂があります。 かなり昔から信仰対象の山でこちらの山寺が
あったと聞いてますが、正に山の中のポツンと一軒家ならぬお寺でした。

2023-11-24 22:14   (No.000000025)  
ごろにゃん さん   
近くの登山道に石仏様がいらっしゃいました。
キチンと拝んできたので
何も憑いて来なかったと思うんですが
私、鈍感なので
気が付いてないだけかもしれませんね(汗)

山は自己責任
廃虚探索も自己責任ですね。
2023-11-24 21:35   (No.000000024)  
ごろにゃん さん   
おむネコさん、こんばんは。
この時は、近くの廃虚探索の後、廃道を登ってきたので
遅くなってしまいました。
撮影を終えて車に戻った時は
真っ暗けでしたね。
2023-11-24 21:26   (No.000000023)  
苺一恵 さん   
昨日、遊びに行って来ました。
去年は薄着をして行き風邪をひいたので
今年は厚着をして出かけました。
ライトアップが綺麗でした。
2023-11-24 19:19   (No.000000022)  
おむネコ さん   
ごろにゃんさん こんばんは~!

生活感 溢れる廃墟画像ありがとうございます。d(=^・^=)

「これ、絶対何か出る・・・」みたいな感じで < 廃墟探検アルアルですね~

ちょうどイイやれ具合の民家ですが、帰り道に何か憑いて来ませんでしたか~? 

ビビりのアタシには夕方近くに廃墟探検には入れませんわ~ m(__)m


添え付け画像は鈴鹿山系にある鶏足山(840m程度)の山頂付近にある

古い無人の山寺です。道路の無かった時代に背中にしょって奉納?された

参道脇に苔むした お地蔵さんが沢山鎮座してます。 

 


2023-11-24 19:01   (No.000000021)  
ごろにゃん さん   
おむネコさん、
生活感がある廃虚ならば
これなんかいかがでしょうか?
埼玉県秩父の山奥、武士平の近くにある廃屋です。
訪れた時は夕暮れ時で薄暗くなっていて
コタツがあまりにもリアルで
「これ、絶対何か出る・・・」みたいな感じで
玄関だけお邪魔して帰ってきました。

本当に怖かったんですよ。
2023-11-23 17:54   (No.000000020)  
ごろにゃん さん   
こんばんは。
松尾鉱山は1969年に閉山されたようです。
もう50年以上も前ですね。
階段も崩れ落ちて
鉄筋がむき出しになってます。
2023-11-23 17:23   (No.000000019)  
おむネコ さん   
ごろにゃんさん こんにちは!
古い鉱山跡の寮ですか・・・かなり規模の大きかった鉱山跡ですねd(=^・^=)
もう廃坑になって年月が経つのか生活感のある物が少ないですね!

私ですが、近隣の戦争遺産?を見て回るのが好きです。でも最近は
コンクリートの建造物が壊されて新しい建物に代わってます。

●弾薬庫跡 ●カマボコ型の倉庫?(上部が破壊されてます) 

●山の斜面にあいた穴は鈴鹿海軍工廠の工場を山中の地下に移転
しようとした地下豪ですが、ここは現在立ち入り禁止になってます。
2023-11-22 09:14   (No.000000018)  
ごろにゃん さん   
訪れた時は
ちょうど紅葉が見頃でした。
2023-11-21 21:13   (No.000000017)  
ごろにゃん さん   
至誠寮の続きです。
この荒廃感がたまらんですね。
2023-11-21 21:08   (No.000000016)  
ごろにゃん さん   
おむネコさん、こんばんわ。
見て頂きましてありがとうございます。
では、調子こいていっぱい投稿します。

前回の松尾鉱山廃墟群の近くにある
【 至誠寮 】です。
2023-11-21 21:04   (No.000000015)  
おむネコ さん   
こんばんは~
ちゃんと見てますよ! ごろにゃんさんd(=^・^=)
ネットの廃墟探検とかの画像大好きな私 こちらは一度貼った画像ですが、
以前のHPのデーターが復帰できないようなので < との事ですので
私ももう一度 戦争遺産の画像を貼らせて頂きますね!
画像は鈴鹿海軍工廠 近くの飛行場跡に残る戦闘機を格納してたエンタイ豪です。
2023-11-19 22:48   (No.000000014)  
ごろにゃん さん   
こんばんは。
秋が駆け足で通り過ぎ、急にさむくなりましたが
今日は過ごしやすい一日でしたね。
忙しいゴタゴタが一段落して
やっとのんびりできました。

そこで、
他の所の比べて
あまり人気のないこのコーナーですが
閉鎖されないように
ボチボチ投稿していきたいと思います。
復活投稿一発目は
岩手県の八幡平にある
松尾鉱山跡地の廃墟群です。

以前のHPのデーターが復帰できないようなので
これからも新旧取り混ぜて投稿したいと思います。

誰か見てくれてんのかな?
2023-11-19 17:35   (No.000000013)  
おむまつ さん   
おはようございます。 昨日の、遺品写真シリーズの続きを。もう、ご高齢の親戚もいらっしゃらないので、どこの誰兵衛か詳細は不明ですが。台紙に刻印してあるのは「京城  村上天眞  朝鮮」の右書き文字が。調べたところ、日本が植民地として朝鮮半島にいた頃の、当地で活動していた村上天眞写真館で撮影した物のようです。京城は、今の韓国のソウルですね。明治40年代かなあ~。 せめて、裏にお名前でも、書いておいてくれると、誰兵衛と分かるんだけどなあ~。今となっては無理ですねえ。
2023-11-13 11:14   (No.000000011)  
おむまつ さん   
こんばんは。 93歳で亡くなった、父親の遺品を、ぼちぼちと整理をして2年が経ちました。 で今は集中的に写真整理を。 ただ、手札版のモノクロ写真は、バラバラで箱に入っていたので、どこの誰兵衛と裏に書いといてよ~。  台紙貼り込みのは、裏に書き込みが。 「大正四年四月 ○○○○24歳  妻○○○○16歳」と、父方の祖父母の二人でした。   自分が生まれた時は、既にこの世には、いませんでしたので、この写真で初めてお会いしました。
びっくりしたのは、今でも写真の商売をしてる  「浅草公園 鴨下 」の刻印が入ってましたわ。
2023-11-12 18:18   (No.000000010)  
おむネコ さん   
戦争は嫌いですが、戦争で使う兵器は究極の性能を追求した機能美が好きです。

特に第二次世界大戦のレシプロ機には惹かれますね~

日本軍の戦闘機 紫電改 ゼロ戦 飛燕を見に各地の博物館を巡ってました。

圧巻なのは海底から引き揚げられた 紫電改です。ゼロ戦の2倍位ある機体には

後方から前方に貫通した銃創があり、曲がったプロペラは海面への着水時の

衝撃に依るものだそうです。 


2023-11-10 13:22   (No.000000009)  
おむネコ さん   
すみません Cは3軸駆動の文字の一部が抜けてましたm(__)m

この蒸気機関車C50の諸元と歴史です。

やはりSLは良いですね~d(=^・^=) 出来れば動態保存して欲しかった!
2023-10-21 15:02   (No.000000008)  
おむネコ さん   
激動の昭和の時代を駆け抜けた蒸気機関車
C50とかの型式らしいです。D51は記憶にあるけれど・・・
動輪の数でCは軸駆動 Dは4軸駆動らしいですね~
動輪の外径で最高速度が決まるみたいです。
2023-10-21 14:58   (No.000000007)  
ViVi さん   
お久しぶり投稿です。
こちらも心機一転の再開ですね。
新たな歴史の始まりということで、真新しい神社の写真を載せます。

《茨城県にある、ほしいも神社》

ほしいものが手に入るってな神社だそうですが、あんまり賑わってはいませんね。
2023-10-19 09:15   (No.000000006)  
おむネコ さん   
橋の上は こんな感じです。

何故か? 踏切みたいなモノが橋のたもとにあります。
2023-10-18 10:18   (No.000000005)  
おむネコ さん   
もう一つ 同じ運河に掛かる自動車用の可動式橋梁もあります。

よく見ると 橋桁の所に船舶通過用の信号機が取り付けされています。

ここは最近 めったに橋が可動しない(船が通過しない)ので、

かちどきを上げてる画像がありませんm(__)m
2023-10-18 10:14   (No.000000004)  
おむネコ さん   
一日数回程度 貨物列車が通過時にはこの様な状態になります。

正式名は末広橋梁で昭和6年12月の造られて近代文化産業遺産に

も登録されているとの事でした。



2023-10-18 10:07   (No.000000003)  
おむネコ さん   
先日の晴れた日にオートバイで少し遠出して三重県四日市港にある

かちどき橋 に行って来ました。 現在も使用されてる鉄道用の

可動橋としてはここにあるものだけと、聞いてます。

普段は運河を船が通過するのでこの様に橋梁を上げています。

※ 昔若い頃はアタシの橋梁?もこの位元気だったのにね~d(=^・^=)

2023-10-18 09:49   (No.000000002)  
NABE さん   
歴史館書き込みテストです。
(珍宝館:群馬県北群馬郡吉岡町)
2023-10-18 00:22   (No.000000001)  
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